杉山歯科医院 審美 インプラントセンター

歯科医師への志

院長インタビュー

杉山先生が歯科医になられた動機を教えて下さい。

院長 杉山貴彦
私の父は静岡市清水区で開業医をしています。そういう意味では医師の家系とも言えますが、ちょっと変わった歴史があります。私の実家は曽祖父の代に一族でアメリカに移住をし、祖父がカリフォルニア大学医学部で学び医師になりました。アメリカには20年近くいたと聞いていますが、最終的に曽祖父がホームシックにかかり、私の実家だけが日本に戻りました。そして祖父が病院を開いたのです。その後、父や親戚、従兄弟らがその病院を引き継いでいます。

子供の頃から私も周囲には「将来は医者になるんだろう」という目で見られていたことは事実です。それが嫌だと思った時期もありました。ただ、周りは父も含め皆医者ですから、自然とその道に進むのだろうと考えていたのです。

病院には夜間、怪我人等が運び込まれることもたびたびありました。子供のころ、そうした場面に立ち会ったことが何度もあります。子供だから、何も出来ないのですが、気持ちとしては父を手伝っていたんです。そんな経験から、医療の道に進みたいと考えていましたが、自分は医師になれるだろうかと疑問を感じていました。
理由は、命を扱う責任の重さを子供心に知ってしまったためです。父と同じように命を扱う仕事は自分には出来ないと考え、同じ医療の道でも歯科医の道に進もうと考えました。

医師と歯科医師の違いをどうお考えですか。

大学で学び始めてから思ったことですが、医師の場合、例えば外科であれば、悪い部分を手術で切除したら、あとは患者さんのがんばりに期待をするしかありません。もちろん、悪い部分を取らないと生命に関わることも多々ありますから、それは重要なことなのです。

歯科の場合、同じように悪い部分を切除するのですが、元通りに直そうとします。悪い部分を取ってしまうだけでなく、出来るだけ元の状態に戻す。これが、医師と歯科医師の違いではないかと思います。義歯と同様に、義手や義足もありますが、出来るだけ自然な状態に近づけたい、戻そうとすることが歯科医師としての重要な役割だと考えています。

大学に残り、インプラントを学ぶ

大学時代から新潟市に来られたわけですが、新潟を選ばれた理由が何ですか。

院長 杉山貴彦
静岡は雪が降りません。雪が見たかったから、というのが理由ですね。また、大学に入る頃、ちょうど上越新幹線が開通しました。そんなことから、新潟の地に惹かれたのです。

開業に際しては、静岡に帰るという選択肢もありましたが、歯科医師としての人脈やネットワーク、そして新潟では自分の家族も出来ていましたから、新潟で開業という選択をしました。

大学卒業後、大学に残り研究の道を選ばれたのはなぜですか。

すぐに勤務をするよりも、大学に残って研究をしたいと思い、補綴学教室第二講座に入局しました。そこはクラウンやブリッジを専門に研究する教室で、同時にインプラントの研究を行っていました。私はそれを学びたかったのです。当時はインプラントの第二世代とも言うべき技術が日本に入って来つつある時期でした。それはスウェーデンで発見され、長年に渡り研究が行われてきたチタンの「オステオインテグレーション(骨結合)」を利用したインプラント・システムです。
患者さんの入歯から脱却したい、というニーズは学生時代から知っていましたので、歯のないところに歯を作ることを、出来るものならやってみたい。新しいインプラントを学びたいと考えたのです。

自信を吹き飛ばされた、榎本先生との出会い

どのようなカタチで研究を行ったのですか。

院長 杉山貴彦
最初は犬の世話からスタートしました。実験用の犬を飼っていましたので、その世話ですね。我々は犬の歯を抜いて、インプラントを埋め込んで、どのように治っていくのかを研究していました。

このようにインプラントの研究を行いながら、一般の外来患者さんの診察も行いました。科の中にはインプラントのチームもあり、埋め込みの手術を手伝いながら、様々な技術を学び、徐々に手術なども行えるようになりました。

入局して3年目から約1年半、北陸中央病院歯科口腔外科に派遣されました。とても多くの患者さんを診察して、臨床的な経験を積むことが出来ました。それなりに歯科医としての自信もついてきましたし、インプラントの基礎も身についたと感じていました。
そんな頃、母が亡くなったのです。私はすでに結婚しており、子供もいました。父が一人になってしまうことから、静岡に帰ろう、と決意したのです。ところが北陸中央病院の出張から戻ると、先輩が待ちかまえていて、飲みに行こうと誘われました。そこで「ここまでやってきたんだから、辞めるなら学位を取ってからに」と説得され、結局、大学に残る道を選択したのです。

その後、榎本先生と運命的な出会いがあったのですね。

運命的というよりも、自信も何もかも吹き飛ばされた出会いです(笑)。

新潟県三条市の榎本紘昭先生が、インプラントに対する情熱とやる気があり、お酒が飲めるやつなら雇ってもいい、誰かいないかと大学に照会があり、私が行くことになったのです。榎本先生はインプラントの創世記から携わっている方で、私は週1回、働かせていただくことになりました。ところが初めて伺った瞬間、私が持っていた自信はすべて吹き飛んでしまいました。「かなわない」と思ったんです。

例えば日常的な診察、詰めるとか削るとかでもその精度が違いました。考え方、仕事に対する姿勢がまったく違う。大学にいると、つい最先端のことをやっているという気分になってしまいますし、自分は出来ると思っていました。それがケタ違いの精度や姿勢を見せられて、ゼロからすべてを教えてもらおうと、考えを変えました。

仕事が終わった後は、お酒を飲みながら、様々な技術について話し合いました。その頃、榎本先生は不可能と言われ、当時、誰も出来なかった審美的インプラントまわりの技術に取り組んでおられて、私のアイデアも話させていただきました。

歯科治療の中にインプラントをどう使って行くのか、その考え方、技術を開発している時期でした。実際の手術にも立ち会わせていただいたり、具体的に関わらせていただけたことは、たいへん勉強になりました。
榎本先生にお世話になった3年間は、今日の私の基礎が作られだ時期といっていいと思います。そして現在まで、新しい技術の開発を一緒に行わせていただいております。

口の中全体のバランスを考えた治療を行いたい

開業にあたっては、インプラントを前面に出して行こうとお考えでしたか。

院長 杉山貴彦
大学に約8年間お世話になった後、開業しました。
開業に際しては、インプラントを全面に打ち出したアピールを行いました。しかし、実際にインプラントの手術を初めて出来たのは、開院1年半後でした。無名で実績もない歯科医師がいくらインプラントをお勧めしても、なかなかやってみようという方は現れません。

それが今では近隣・市内はもちろん、県内外からも大勢の患者さんに来ていただけるようになりました。少しずつ浸透してきたのかな、と思います。

診療に当たってのポリシーを教えてください。

インプラントの場合、1本いくら、みたいな捉えられ方をしている面もありますが、そうではありません。虫歯でも同じですが、そこが痛いから、そこだけ直す。そこに歯がないから、そこにだけインプラントを行うのでは、逆に具合が悪くなる場合もあります。

まず、インプラントはご自身の歯よりも弱いものです。ご自身の歯が無くなっているとしたなら、他の歯に負担がかかり、ダメになりやすくなっています。例えば右の奥歯がなくなれば、左の奥歯で噛みますし、前歯にも負担が増えます。全体のバランスがよくない状態になると、噛み合わせがズレてきます。すると肩凝りにつながったりもします。
それを、インプラントを使用し、噛み合わせる歯の土台を回復し、左右対称にアーチを作るように噛み合わせを調整していけば、バランスが取れて、長期的に歯が安定してきます。もちろん、肩凝りが解消されることもあります。

だから、自分の歯が無くなったから、そこにインプラントを入れるとしても、ご自身の歯が無くなる環境がすでにあるわけです。
そのままの状態でインプラントを入れても、またダメになる可能性がある。なぜなら、ご自身の歯ですらダメになっているわけですから。ですから、口の中の環境を整えるという目を持って治療を行うことが、大切なのです。

単にインプラントを入れればいいわけではないのですね。

インプラントは歯のないところに歯を作る、絶大な威力を持った治療法です。ただ、口の中全体を無視して、そこだけを治療しても、何も変わらない可能性があります。もちろん、インプラントで歯を入れれば、噛めるようにはなりますが、バランスを無視した治療には疑問を感じています。

口の中全体のバランスを考えた治療を行おうとしたら、それなりの時間がかかりますし、もちろん治療費もかかります。私は口の中全体をきちんと治療する患者さんが増えて欲しいと考え、そのために、マイクロスコープ・CT等の最先端医療機器を導入しました。確実に口の中全体の治療を実践していきたいと考えています。

経験に裏打ちされた内容が高い評価につながる

海外での講演活動は、どんなきっかけで行うようになったのですか。

SUGIコンセプト
海外での公演も榎本先生と一緒にやらせていただいています。
最初は榎本先生の韓国での講演にご一緒させてもらったところ、30分話す機会を作ってくださいました。今、思えばうまく行ったとは思えないのですが、翌年は正式招待で講演をさせていただきました。それが台湾での講演につながりました。最初の頃は榎本先生と一緒に講演をさせていただき、その後、だんだんと一人で出させていただく機会が増えてきました。このことから、私は正直に嘘をつかずにお話しすることと、人と人とのつながりの大切さを改めて認識しました。

2008年にはドイツ・ベルリン、2010年にはスペイン・バルセロナで開催された、全世界から歯科のディーラーやカスタマーが集まるワールドシンポジウムでも講演をさせていただきました。ここで講演をした日本人は榎本先生に次いで私は2人目でした。そして、2大会連続で発表を行ったのはアジアでは私だけです。その後、ロシア、シンガポール……とつながってきたのです。
年間5~6回は海外で講演を行いますから、延べ30回以上は海外で講演をしていることになります。

海外で評価される理由をどうお考えですか。

私のメインの話題は『インプラント審美的修復』になります。ただインプラントを入れるのではなく、できるだけ元々歯のあった状態に近づけるようにすることで、特にインプラントの周りの歯茎の形が重要になります。
その内容にオリジナリティがあり、過去の臨床例から、こういう状態に持って行くためにはどういうことが必要なのか、経験に裏打ちされたことをお話しするからでしょう。

インプラントを用いた審美的な回復はどこでもニーズがありますが、薄い粘膜では、非常に難しいとされています。私の患者さんは日本人ですし、日本人を含めアジア人の粘膜は薄いとされています。しかし私の症例のインプラントの周囲の粘膜の状態を見ると、皆さんびっくりします。しかもそれはまぐれではなく、『SUGIコンセプト』という独自のコンセプトに従って治療を進めた結果として得られたものなのです。

「審美」という言葉は余りなじみがありませんが。

「審美」というのは、歯が持つ機能的側面と美的側面の両面に焦点を当てた総合的な歯科治療のことです。つまり、歯だけではなく歯茎の形も周りと調和している事が求められるのです。前歯での重要性はすぐにご理解いただけますが、実は奥歯でもとても大切です。

奥歯は、見えないからいいと言う意見をよく聞きますが、歯茎のラインがそろって、歯と歯の間に尖った歯茎があって隙間が無ければ、物が挟まることはありません。歯ブラシだけでのブラッシングが可能ですし、装着感も良い。つまり目に見えない快適性をもたらしてくれます。
ですから私は、奥歯でも前歯と同じような治療を行っています。

『SUGIコンセプト』とはどのようなものですか。

実際のインプラントの治療で最も大切なことは、治療のゴール像を明確にすることです。それは意識と具体的な形の2つの意味があります。

意識という意味では、歯科医師だけでなく患者さんの治療に携わる歯科技工士、歯科衛生士などのスタッフ間で、どのような治療を目指すのかという意識を共有することが大切です。
私は早さ、安さを売りにするのでは無く、時間がかかっても必要な処置をして、しっかりとした物を作り上げ、そしてそれを維持することが大切だと思っています。そうすることでメンタル的な面で、何が必要なのか、何を改善するべきなのかが解ってきます。

具体的な形とは、治療後の歯や歯茎の形になります。初診時等に取らせていただいた歯形や歯科用CTデータを元にした模型上で、歯科技工士と話し合って作っていきます。
歯を失う原因の多くは感染です。細菌によって歯を支えている骨が失われてしまいます。ここで重要なのは、歯を抜く前に骨が失われていることで、少なくとも失われた骨のボリュームを補填しなければ、隣り合った歯や歯茎と同じような状態にはなりません。

治療後の具体的なイメージを作ることで、何がどの程度失われているのかが解ります。そして初めて、インプラントをどこに埋めれば良いのかが診断できます、すなわちすべての治療のスタートラインに立てるのです。

ここから『SUGIコンセプト』に基づいた5つのシステムを活用して、実際の治療を行っていきます。

Natural condition を再現し、口の中の健康を維持する

今後の展開についてお教えください。

私の治療の目標は、Natural conditionの再現です。歯を治療することにより、口の中の健康を取り戻して、それを維持すること。これはすべての、歯科治療のゴールでなければなりません。しかし、ゴールが同じでも環境、特に患者さんの口腔内の環境が違えば、アプローチも変わるはずです。一人ひとりの患者さんの環境にあった治療を行っていきますので、もっと多くの患者さんにいらしていただきたいと考えています。

講演については、国内外を問わずに積極的に取り組んでいきたいと考えています。
また、自分の歯科医院でのセミナーも考えています。実は海外からライブオペの依頼がかなりあるのですが、すべてお断りをしていました。そうしたら、新潟に行くから見せて欲しいとまで言われてましたので、そうしたセミナーも最近おこなっております。

インプラントも含めた日本の歯科の技術は、今までは輸入しているだけでした。製品だけでなく、治療のコンセプトも輸入してきました。
私は、榎本先生と一緒に確立してきたやり方を最終的には輸出していきたいと考えています。

先にお話したように、世界にも薄い粘膜の患者さんは大勢いらっしゃいます。新潟から、日本からアジアへ、そしてヨーロッパ、アメリカ、世界へと、発信していくことが、夢であり、使命であると思っています。
サンプル画像